生徒への手紙(2)【まさかの不合格。そして……】
2月2日滑り止めの学校の合格発表の日だった。
私の指導歴の中で最も驚いた不合格。
それが君に起きた。
2月1日は第一志望の最難関私大の附属校。
2日は23区内の進学校でおさえる。
3日は偏差値的には1日校を凌ぐ進学校。
1日が不合格の場合には4日に23区内の進学校。
1日と3日がダブル第一志望の位置付け、悪くても4日の学校に進学。
2日校への進学の可能性はほとんどない……予定だった。
合不合判定テストの結果こそ安全圏は2日校だけだったが、
過去問のできでは1日・3日も十二分に勝負できる状況だった。
特に3日の国語は合格者平均+20点が見込める状況まで来ていた。
選択肢を間違うことはほとんどなく、記述の失点以外は考えられない状況だった。
それほど君の国語は盤石の仕上がりだったのだ。
でも、その仕上がりのよさが私にとっての盲点となってしまった。
2日で落ちる学校などあるわけがないと思ってしまっていたのだ。
もし、2日校の中で落ちるリスクがあるとすればどこか? と考えていたら、
間違いなくこの学校を挙げたろう。
しかし、私は落ちるリスクを考えることもなく2日校は流してしまった。
上の子が通っていることもあり、他の学校を受けるよりは良いだろうと思ってしまったのだ。
君は国語で大きくかせぎ、社会・理科は合格者平均点程度、算数は合格者平均点と受験者平均点の間のどこかにおさまるのがパターンだった。
だから、国語は合格者平均点が低い学校で大きく稼ぐのが望ましかった。
そして、社会・理科は配点が大きい方が君にはよかった。
さらにいえば、算数は難しい問題を多く出題する学校の方がリスクは少なかった。
合格者平均点と受験者平均点の差がつきにくいから。
この2日校は君にとってリスクのある学校だった。
国語の合格者平均点と受験者平均点の差が少なく、
おまけに合格者平均点が80点を超えることまである。
つまり、ほとんど稼げないのだ。
さらに悪いことには、算数の合格者平均点まで高いときている。
そして、理科社会の配点は算数国語の半分である。
だから、国語理科社会のプラスは最悪10点ない可能性があったのだ。
いつもなら間違えない問題を算数で2問やったら不合格の可能性はあったはずだ。
そうなのだ。冷静に考えれば、いくら君でも不合格となる可能性はほんの数%はあったのだ。
不合格の報告を受けた瞬間、不合格になるとすればこのパターンだというのがひらめいていた。そして、それが起きるとすれば極度の緊張か、極端なまでの油断か。このいずれかしか考えられない。
でも、小学生だから、そういうこともあるはずだ。
こんなふうに思われる方もいらっしゃるかもしれない。
しかし、このレベルの子で落ちることは後にも先にもこの1度しかない。
そんなことが起きたのだ。
私がすべきことはたった一つ。
君と君のお母様の気持ちを明日の受験に切り替えさせること。
それだけだった。
まず、お母様からの「先生、何があったんでしょうか? 本人はできたと言っていたのですが」という言葉を受け、私の想定が正しいことが予測できた。
苦手な教科の場合、「あっ解ける」とか「できた」とかと思うと、最後の最後で足し算を忘れたり設問の要求と違うものを答えたりしてしまうもの。苦手教科だと、はやく次の問題に行きたくなってしまうから。
それが得意教科の場合は、ミスをして失点ということは避けたいから最後に設問を確認したりするんです。だから、ぶれることが少ない。
そんなことをお母様にお伝えして、力不足ではないので丁寧に受けられれば大丈夫だということをしっかりとお伝えした。
そして、君に伝えた。
「テストの状況は聞いたよ。いいかい、今から私が言うことだけを意識して明日は解くんだよ。問われたことを問われたとおりに答えること。それだけに夢中になっておいで」
他にも話した気がする。でも、大事なことはこれだけだった。
2月3日。
私は早朝から学校の校門前にいた。
ただただ君の到着を待った。
君への大きな信頼があった。
試験開始の50分前。
角を曲がって君とお母様の姿が見える。
私は満面の笑みで君を出迎える。
緊張で青白い顔だったが、凛とした綺麗な顔だった。
戦いに行く男の子の顔だった。
驚きの不合格を乗り越えて、
真剣に戦いにきた君は、その瞬間に勝利を得ていたのだろう。
君はきっと力を発揮する私はそう確信した。
あとは、その力が合格ラインに到達しているかどうかだけ。
さて、君の入試の結果について書こうと思う。
3日は1日に受けた第一志望校の発表。
この学校に受かるために君は努力をし続けたんだ。
なんとか合格していてほしい。
私はその一心で発表の時間を迎えた。
君からの連絡を待つ。
心臓が高鳴る。鼓動が速くなるのがわかる。
電話が鳴る。
「先生! 受かりました!」
結果、3日校も合格。
君は2校に合格し、1校は不合格に終わった。
この3日間は受験勉強の日々以上に君を成長させてくれたのではないだろうか。
そして、大きな学びを得たのではないだろうか。
自分の力を出し切るための勇気。
それが本当に大切なことだと。
君はその後、中学受験の生徒としてはありえない活躍をしたね。
そして、君という存在は多くの人に勇気を与えた。
君と出会えてよかった。ありがとう。
よくがんばったな。
また会おう!